現在の日本の健康保険では患者さんが受診した医療機関は社会保険の支払基金と国保連合会にレセプトと呼ばれる請求書を提出します。これを出さないと保険のお金がおりません。このレセプトを書くために日本全国の医療機関は月初めに膨大な事務をこなしています。この事務を簡素化するためにレセプトをコンピューターで書くレセコンが医療機関に普及してきています。しかしまだまだレセプトを手書きで作っている医療機関も数多くあります。最近はレセプトを紙の代わりにフロッピーディスクで提出する試み(レセプト電算処理システム)がスタートしました。兵庫県はその先進県です。しかし、医者は保守的で新しい物にはなかなか飛びつきません。(私はすぐ飛びついてフロッピー化しました。)

 兵庫県医師会の保険ニュースのNo.90(平成10年6月)とNo.100(平成11年4月)に私が投稿した原稿を少し手直ししてご紹介します。兵庫県医師会会員にレセプトのコンピューター化とフロッピー提出を呼びかけています。

 

コンピューター時代の医療事務

平成10年6月

 

 毎月毎月、日本全国で行われる膨大な量の医療事務。医療機関、審査支払機関、そして保険者の各段階で少しでも医療事務の無駄を削減する必要があります。そのためには杓子定規な「手書きレセプト時代」の慣例を柔軟に改め、「コンピューター時代」にあったシステムを構築する事が大事です。

 例えば保険証からカルテに番号や記号を転記する作業、またはレセプト・コンピューターに保険証の番号などを入力する作業を考えてみましょう。何故保険者番号、記号・番号の字数が統一されていないのでしょう。まちまちだから、一字多い、一字少ないの間違いが発見できません。記号・番号に漢字やかなを使うのは効率が悪い。「ゐ」「ゑ」はパートの女子大生さんは読めません。全部数字にしてチェック用の数字を加えるのが一番効率的だと思います。つまり最後の数字に、他の全ての数字を合計した数の一の位を記入するわけです。コンピューターでこれをチェックさせて、間違った数字を入力すればブザーが鳴るようにしておけば入力ミスがかなり減ります。(ただし数字を入れ替えて入力したものはチェックできません。) 以前数年ごとにコロコロ記号を変える保険者がありましたが、コンピューターの再入力にはコストがかかるということを理解していないようです。こんな保険者は1点11円にすべきです。

 保険証をICカードにする案があるそうですが、コストがかかるのでいつ実現するか分かりません。保険証の番号などをバーコード(またはその類)で記入しておいてくれれば読みとり器で簡単・確実にコンピューター入力できます。

 それと保険証のコピーをとってカルテに貼ることを許可して欲しいですね。書き写せば必ず転記ミスが出ますから。きれいにコピーするために保険証の地を白色に統一する必要があります。

 もう一歩進めて、「コンピューターに番号を入力した場合はカルテに番号を記入する必要はない」と認めてくれれば二度手間が省けてかなりの事務量が減ります。カルテに患者さんの状態や医師が指導した内容を書くのは当然で、これは省くわけにはいきません。受診時に行った検査、処置、手術、投薬も同様です。しかし月間点数の合計など、元のデータがあれば計算可能な数字や、コンピューターまたは記録媒体から確実に再生できる数字はカルテ記入を省くべきです。要するに手書きカルテの時代は紙のカルテに全て記載する事を要求されていましたが、電子カルテが取り沙汰されるコンピューター時代にはコンピューターもカルテの一部だという認識を皆が持って、なるべく重複を省く事が効率化になります。

 日本の製造業は世界一の生産効率を誇っています。しかし事務分野ではアメリカのコンピューター化に完全に遅れを取っています。日本のホワイトカラーの上層部の多くは自分でコンピューターが使えません。だからコンピューターに最適なシステムを作ろうとしません。古いシステムにコンピューターをあわそうとしています。これでは効率化にも限度があります。偉いさんの頭と古い法律がコンピューター時代について来れず、足を引っ張っているのです。例えば診療報酬の改正を考えて下さい。実施の3週間前に改正が発表されて、レセコンのソフトを全面的に変えるとなればソフト会社は大量のプログラマーを雇っておかねばなりません。手書きレセプトの時代なら3週間前で十分だったでしょうが、コンピューター時代はそうはいきません。最低3ヵ月前に発表してくれれば、レセコン・ソフトの値段はぐっと下がります。

 カルテがA4サイズになり、10年間保存を義務づけられればカルテの保存に膨大なスペースが必要になります。スペースはコストです。医療費の経費が増えるわけですから、自然と医療費の増加圧力になります。「5年以上のカルテは紙のカルテを破棄して電子カルテにして保存して良い」とすれば電子カルテも普及するでしょうに。

 医師会役員でも保険担当の先生(私も含めて)は「社保の本人のカルテには労務不能に関する意見書の欄の印刷を忘れないように」、「カルテに保険証のコピーを貼ってはいけません」等々、お役人の様な些細な事を言います。自分の頭で考えず前例に頼ってばかりで「あれはいかん、これもいかん」と言っていては、コンピューター時代の激動の中で会員の皆さんを導く事はできません。会員の皆さんの小さな工夫を認め、前例がなくても良い物は広めるように視点を変える必要があると思います。

 

 

     レセプトのフロッピーディスクによる提出 

平成11年4月

              

  平成3年10月から兵庫県下の一部地域でレセプト電算処理システムがスタートし、レセプトが紙によらずにフロッピーディスク(磁気レセプト)で提出可能になりました。私の診療所も兵庫県下全域がフロッピー提出可能になってすぐ平成9年11月からフロッピーで提出しています。それまで紙にプリントして、端をやぶって、まとめて、枚数を数えて、紐で綴じたりするのに何時間もかかっていたのが楽になりました。月初めの拘束時間が半分以下になりました。しかも今までより10日早くお金が振り込まれて、ちょっとリッチな気分になれます。平成10年2月現在で兵庫県下146医療機関、レセプト件数で80、647件の参加はまだまだ少ない様に思います。

 

 問題点を指摘する声は色々あります。

 その第一は「コストが高くつくのではないか?」です。レセプトの印刷用紙が1枚6、7円。五百人分以上を入力可能なフロッピーディスクは1個100円を切ります。勿論レセプト・コンピューター(レセコン)の性能によってはフロッピー提出が不可能な場合がありますので、コンピューターを買い替えれば200〜300万円かかります。(レセコンは高い!)

 指摘の第二は「現在のレセコンのシステムをかなり変更する必要があるのではないか?」でしょう。厚生省のリストにある病名しか使用できないために私は苦労しました。病名の数が少なく、ありふれた病名も載っていません。私は自分のレセコンで処置名や投与薬剤と病名の関連性をチェックしていたのでかなり変更を余儀なくされました。

 指摘の第三は、「フロッピーで提出すると、自分がレセプトをチェックする時にコンピューターの画面(モニター)でチェックせねばならず面倒だ」です。これは慣れの問題です。フロッピー提出の場合レセコンにチェック用の画面が出せますので、慣れればかなりの速度でチェックできます。チェックのために紙に印刷したのでは、折角の利点がぼやけます。

 指摘の第四は、「フロッピーで出せば審査支払機関(支払基金、国保連)はコンピューターでレセプトのチェックをするのではないだろうか?」という点です。今の所、コンピューターで直接チェックはせずに紙に打ち出してから人間がチェックする事になっているそうです。しかしこれは私に言わせれば全くナンセンスで、コンピューターでチェックさせればいいじゃないですか。ただチェックプログラムを我々に公開する事を条件とします。「医科点数表の解釈」に沿ったチェックであれば全く問題はないし、人間によるチェックのような漏れや不公平は起こりません。医療内容の高度な判定は今まで通り審査の先生方が紙で(またはモニターで)行えば良いのです。コンピューターに対する漠然とした恐怖心からコンピューターでチェックされれば全て裸にされる様に感じる方がいますが、チェックプログラムを公開してこれ以外は行わないと契約した方が将来的には有利だと思います。そしてこれが広く行われれば個々の保険者がレセプトのチェック会社と契約するのは意味がなくなります。また、チェックプログラムを我々に分けてもらえれば提出前に自分でチェックできます。

 指摘の第五は、「コンピューターなら同一人物の過去のレセプトと比較して、いわゆる縦の審査をやるのではないか?」です。もし過去のデータとの比較を認めたとしても、何日以上投与してはいけない薬等のチェックが中心になるでしょう。これは今までチェックしなかったのがいけないので、チェックプログラムが公開されれば自分で提出前に訂正できます。

 指摘の第六は「コンピューターチェックを通じて厚生省は医療の詳細な情報を独占してしまうのではないか?」です。これは私も危惧する所です。今でも厚生省は膨大な医療情報を握っていて、医療費をこれとこれで平均何%引き上げると言われても我々には確かめる手だてがありません。これは大問題で、日本医師会は厚生省に対してもっと情報公開を要求する必要があります。いっそ、全医療機関に審査支払機関へ提出するフロッピーをもう一組日医に提出してもらい、日本中のレセプトを日医のコンピューターで解析してはどうでしょうか?フロッピーならそれが可能です。

 

 現在保険者が審査支払機関にレセプトの審査や支払を依頼するのに、1件当たり116円80銭の事務手数料を払っています。我々医師の懐は痛みませんが医療保険全体で見ればかなりの経費となります。医療保険制度が複雑化して、医療機関、審査支払機関、保険者それぞれが事務手続の増大に苦しんでいます。保険のすべての段階でコンピューター化、省力化を進めるべきであるし、コンピューター処理しやすいように制度も変えていく必要があります。医療機関は日本の医療のために審査支払機関や保険者に協力して、コンピューター処理しやすい形でレセプト請求すべきです。医療機関がフロッピーでレセプトを提出し、審査支払機関はそのフロッピーからコンピューターで保険者毎にレセプトをまとめてフロッピー(またはMO、CD等)で出力して保険者に渡せば、保険者は直接自分のコンピューターに入力できるので全体の事務量は激減します。勿論、全て電話回線でデータを送れるようになれば日本全体での事務はもっと簡素化、迅速化します。

 

 皆さん、レセプトのフロッピー提出を始めてみませんか?厚生省のことだから、そろそろ何らかの誘導策(優遇策)が出てくると私は期待しています。


 平成13年4月現在のレセプト電算処理システム参加状況ですが、13都道府県266保険医療機関の約18万5千件です。そのうち兵庫県は196保険医療機関で約10万件で、4377医療機関約180万件の5%弱です。

 平成10年2月で兵庫県下146医療機関、レセプト件数で約8万件ですから、3年間でほとんど増えていません。どうしてなんでしょうね?


 当院がレセプト電算化を行った頃は、振り込みが10日早まるという特典がありましたが、平成14年4月以降移行した医療機関にはこの特典がなくなったそうです。国は普及に余り熱心でないみたいですね。     H.14.9.25記す